
銀行から信頼される財務体制と1年後のキャッシュ設計【診療に集中できるクリニック経営セミナーレポート・後編】
クリニック経営では、売上や利益が増えていても、必ずしも手元の資金が増えるとは限りません。借入金の元本返済や設備投資、税金の支払いなどによって、会計上は黒字でも、預金残高が減っているケースがあります。
また、クリニックの開業や分院展開、新たな設備の導入、人材採用などを進めるためには、現在の利益だけでなく、将来のキャッシュフローを予測しながら経営判断を行う必要があります。
株式会社エムネスでは、開業・分院展開を目指すドクター向けに、全2回で学ぶ「診療に集中できるクリニック経営」実践セミナーを開催しました。
前編では、紙の削減やデータの集約、専門家への外注などによって、院長が診療に集中できる「事務ゼロ体制」のつくり方を解説しました。
後編となる今回は、「1年後のキャッシュを設計するために~STRACで未来を可視化し、銀行が信頼する財務体質をつくる~」をテーマに、前編に引き続き、アンバー会計事務所 代表/Amber lab株式会社 代表取締役の井上 眞帆氏と、株式会社SoLabo 代表取締役の田原 広一氏が登壇いただきました。
利益とキャッシュの違いや、決算書から実際に増減した資金を把握する方法、将来の目標から必要な売上を逆算する考え方、金融機関から信頼される財務体制のつくり方について解説していただきました。

登壇者
アンバー会計事務所 代表
Amber lab株式会社 代表取締役
税理士/行政書士/MBA
井上 眞帆 氏
上場企業役員秘書を経て税理士登録。MBA取得後、順天堂大学「医療MBA」2期生として研鑽を積む。秘書経験を活かした「丸投げできる安心感」と、独自の戦略会計モデルを用いた「経営の軍師」としての視点を両立。退屈な月次決算を「PDCAを回す通知表」へと昇華し、「経営するには時間が足りない」というドクター永遠の課題を最新のDXで解決。税務の枠を超え「創益」にフルコミットし、持続可能な医療経営への貢献をモットーとする。

登壇者
株式会社SoLabo 代表取締役
税理士有資格者
田原 広一
株式会社SoLabo代表取締役。税理士として創業融資・資金調達支援に長年携わり、経営者の資金繰り・事業成長を支援。現在は税理士業界向けボランタリーチェーン「TAXGROUP」を展開し、税理士事務所のDX・AI活用・バックオフィス体制構築を支援している。本セミナーでは、税理士・資金調達支援・税理士業界支援の立場から、クリニック経営におけるバックオフィス体制と資金調達力の関係について解説する。
目次[非表示]
- 1.クリニック経営における「キャッシュ設計」とは
- 2.クリニック開業直後に資金繰りが厳しくなる理由
- 3.利益と手元に残るキャッシュは一致しない
- 4.STRACとは?クリニックのキャッシュフローを可視化する方法
- 4.1.売上から手元に残るキャッシュを7ステップに分解
- 4.1.1.ステップ1. クリニックの売上を把握する
- 4.1.2.ステップ2. 変動費を差し引き、粗利を把握する
- 4.1.3.ステップ3. 粗利から固定費と利益を把握する
- 4.1.4.ステップ4. 固定費を人件費とその他の費用に分ける
- 4.1.5.ステップ5. 利益から税金を差し引く
- 4.1.6.ステップ6. 減価償却費をキャッシュに足し戻す
- 4.1.7.ステップ7. 借入金の元本返済と設備投資を差し引く
- 4.2.注意点. 黒字でもキャッシュが減るケースがある
- 5.1年後のキャッシュ目標から必要な売上を逆算する
- 6.成長中のクリニックほど資金繰り管理が重要
- 7.クリニックが活用できる融資制度と資金調達の考え方
- 8.銀行から信頼されるクリニックの財務体制とは
- 9.まとめ|1年後のキャッシュを設計し、銀行から信頼される財務体制をつくる
クリニック経営における「キャッシュ設計」とは
━━ 前編では、バックオフィス業務を仕組み化し、院長先生の時間を増やす方法について伺いました。後編では、開業後の大きな課題である「お金がたまらない」という悩みに焦点を当て、手元に残るキャッシュについて伺います。
井上 眞帆氏(以下、井上) 前編では、先生方が抱えている「時間がない」という課題に対して、経理やバックオフィス業務を効率化する方法をお話ししました。後編の今回は、売上や利益ではなく、クリニックのキャッシュが増減しているのかを正しく把握し、1年後にどれだけの資金を残すのかを設計する方法についてお話しします。
前編でバックオフィスを効率化して生まれた時間は、将来の数字を確認し、経営について考えるために使っていただきたいと思っています。
━━ クリニックで毎月の試算表を確認する際に、どのような数字が話題になりやすいのでしょうか。
井上 売上や利益、税金、コスト削減について話題になることが多いですね。
例えば、「先月の売上はいくらだったか」「年間売上がどのくらいになりそうか」「利益がどれだけ出るか」「税金を抑える方法はないか」といった話です。
━━ 人件費や物価が上昇するなかでは、コスト削減も重要なテーマになりそうです。
井上 保険診療では診療報酬の点数が決められているため、支出が増えれば利益を確保しにくくなります。そのため、売上やコストについて確認することはもちろん大切です。ただし、それだけでは不十分です。
━━ 具体的には、何が不足しているのでしょうか。
井上 最終的にキャッシュが増えたのか、減ったのかという視点です。
売上や利益の話はしていても、「今月末の支払いに必要な資金は足りるか」「新しい設備へ投資してもよいか」「新たにスタッフを採用できるか」といった判断に必要なキャッシュについて、十分に話せていないケースがあります。
━━ 設備投資や採用を検討するたびに、資金が足りるか不安になる院長先生も多そうです。
井上 経営をしていると、「今投資してよいのか」「人を増やしても大丈夫か」と、何度も同じ不安が頭を巡ることがあります。
こうした不安が生じるのは、お金に関する明確な判断軸がないからと言えます。
━━ 預金残高だけを見て判断するのも難しいのでしょうか。
井上 現在の残高だけでは、今後どのような支払いが発生し、どのタイミングで入金があるのかまでは分かりません。
キャッシュフローを可視化し、将来の資金残高を予測できるようになれば、採用や設備投資について、感覚ではなく数字をもとに判断できます。
━━ 改めて、キャッシュフローとは何を指すのでしょうか。
井上 読んで字のごとく「お金の流れ」です。クリニックを人の体に例えるなら、キャッシュは血液のようなものだと考えています。
キャッシュが十分に循環していれば、人を採用したり、新しい医療機器を導入したり、広告を出したりと、経営上の選択肢を広げることができます。一方で、キャッシュの流れが滞り、資金が底をつけば、スタッフへの給与や取引先への支払い、借入金の元本返済ができなくなります。
また、赤字であっても手元に資金があれば、すぐに経営が行き詰まるとは限りません。しかし、黒字であっても支払いに必要な資金がなくなれば、クリニックを存続できなくなります。
だからこそ、利益だけでなく、キャッシュがいつ入り、いつ出ていくのかを把握しておく必要があります。
クリニック開業直後に資金繰りが厳しくなる理由

━━ クリニック開業直後は、特に資金繰りが厳しくなりやすいと聞きます。
井上 開業前には、物件の賃料や内装費、医療機器の購入費、スタッフの採用費など、大きな支出が発生します。さらに、開業後は給与や家賃などの支払いが始まる一方、保険診療分の入金には一定の時間差があるため、特に注意が必要です。
保険診療では、窓口収入として患者様の自己負担分が入りますが、保険請求分の入金は後になります。そのため、開業からしばらくの間は支出が先行しやすく、手元資金が厳しくなることがあります。
━━ 開業前に十分な運転資金を確保する必要があるということですね。
井上 最初の数か月間は、想定以上に資金が減る可能性があります。
「患者様が来ているから大丈夫」と考えるのではなく、入金と支払いのタイミングまで含めて資金計画を立てることが重要です。
利益と手元に残るキャッシュは一致しない

━━ 決算で利益が出ていても、通帳の残高が思ったほど増えていないケースがあるとも伺いました。
井上 決算時に「今年は利益が出ました」と説明を受けても、通帳を見ると、想定ほど残高が増えていないことがあります。
その原因は、会計上の利益と実際に増えたキャッシュが一致しないからです。
━━ 一般的な損益計算書だけでは、キャッシュの増減は分からないのでしょうか。
井上 損益計算書は、売上から経費を差し引き、利益を示す成績表のようなものです。
しかし、損益計算書だけを見ても、実際にお金がいくら増えたのか、減ったのかは分かりません。
━━ 利益が出ていることを根拠に投資をすると、判断を誤る可能性もありそうです。
井上 その通りです。利益が出ているから大丈夫だと思い込み、採用や設備投資に踏み切ると、後から税金や借入金の元本返済が重なり、資金繰りが悪化することがあります。
利益があるのに現金が底をつくことが、いわゆる黒字倒産につながります。
STRACとは?クリニックのキャッシュフローを可視化する方法
━━ 利益だけでなく、実際に残るキャッシュを確認するには、どうすればよいのでしょうか。
井上 決算書の数字を分解し、お金の流れを可視化する必要があります。その際に活用するのが「STRAC」です。
━━ 「STRAC」とは、どのようなものなのでしょうか。
井上 STRACとは「Strategic Accounting」の略で、本セミナーでは「戦略会計」として、売上や変動費、粗利、固定費、利益などの関係を図式化し、経営判断に活用する方法を紹介します。
一般的な損益計算書では、売上や各種経費、利益などの数字が縦に並んでいます。STRACでは、それらを売上、変動費、粗利、固定費、人件費、利益などの要素に分け、数字のつながりを図で捉えます。
これにより、売上がどのように粗利や利益へつながっているのか、どの費用が経営に大きな影響を与えているのかを把握しやすくなります。
━━ 損益計算書の数字を、経営判断に使いやすい形へ整理するということですね。
井上 ただし、STRACで利益までを確認するだけでは、実際に手元へ残ったキャッシュまでは分かりません。
今回のセミナーでは、STRACの考え方をもとに、税金や減価償却費、借入金の元本返済、設備投資まで反映し、売上から最終的に残るキャッシュまでを7つのステップに分解します。
━━ 利益が出るまでの構造だけでなく、その利益から実際にどれだけのキャッシュが残ったのかまでを確認するのですね。
井上 その通りです。決算書を年に一度の健康診断とするなら、STRACを使って数字を分解することは、検査結果を詳しく確認し、現在の経営状態を診断するようなものです。
単に「利益が出ている」という結果を見るのではなく、どこからキャッシュが生まれ、何に使われ、最終的にいくら残ったのかまで確認します。
売上から手元に残るキャッシュを7ステップに分解

━━ 具体的なクリニックの数字をもとに、7つのステップを見ていきましょう。
井上 売上が5,000万円、利益が500万円だったにもかかわらず、預金残高は50万円しか増えていなかったクリニックを例に考えます。
利益として計上された500万円のうち、残りの450万円はどこへ行ったのか。ここから、売上から最終的なキャッシュまでを順番に分解していきます。
ステップ1. クリニックの売上を把握する
井上 まず、ステップ1は売上です。この例では、年間売上が5,000万円でした。

ステップ2. 変動費を差し引き、粗利を把握する
井上 ステップ2では、売上を変動費と粗利に分解します。
変動費とは、売上に連動して増減する費用です。材料費や外注検査料、歯科クリニックであれば外注技工料、物品販売をしている場合の商品仕入れなどが該当します。
売上から変動費を差し引いたものが粗利です。粗利は、最終的に残るキャッシュの源泉です。同じ売上であっても、変動費が減り、粗利率が1%上がれば、手元に残るキャッシュも増えます。私たちは、粗利率を「第1のキャッシュメーター」として確認しています。

ステップ3. 粗利から固定費と利益を把握する
井上 ステップ3では、粗利を固定費と利益に分けます。
固定費とは、売上に直接連動しない費用です。人件費や家賃、光熱費、リース料などが含まれます。粗利から固定費を差し引くことで、最終的な利益が算出できます。

ステップ4. 固定費を人件費とその他の費用に分ける
井上 ステップ4では、固定費を人件費とそれ以外の費用に分けます。人件費には、スタッフの給与や賞与、社会保険料、法人であれば役員報酬も含まれます。
個人開業の場合、院長自身への給与は経費として計上されません。そのため、院長先生が生活費などとして毎月必要とする金額についても、人件費とは別にキャッシュアウトとして考慮します。
人件費は固定費のなかでも大きな割合を占めるため、粗利に対する人件費の割合である「労働分配率」を確認します。

労働分配率を見ることで、現在の人件費が多すぎないか、もう一人採用する余裕があるかを判断する材料になります。適正な割合はクリニックの診療内容や体制によって異なりますが、私たちは一つの目安として、労働分配率が50%を超えないように確認しています。
これは一律の正解ではなく、自院の状況と継続的に比較することが重要です。

ステップ5. 利益から税金を差し引く
井上 ステップ5では、利益から税金を差し引きます。
利益がそのままクリニックに残るわけではありません。利益が出れば、法人税や所得税などの支払いが発生するため、税引前の利益だけでなく、税引後にいくら残るのかを確認する必要があります。
ステップ6. 減価償却費をキャッシュに足し戻す
井上 次のステップ6では、減価償却費を調整します。減価償却費とは、その期に新たな現金支出を伴わない費用です。
医療機器などの大きな資産を購入した場合、支払った金額の全額を購入した年の経費にするのではなく、一定の年数に分けて費用化します。
損益計算書には減価償却費が記載されますが、その年に同額の現金が出ていくわけではありません。そのため、キャッシュを計算する際には足し戻します。
ステップ7. 借入金の元本返済と設備投資を差し引く
井上 最後のステップで、利益とキャッシュの差が明確になります。ここが特に重要です。
損益計算書には載らないものの、実際にはキャッシュが減る代表的な支払いが2つあります。
1つ目は、借入金の元本返済です。借入金の利息は経費になりますが、元本返済は損益計算書上の費用にはなりません。一方で、実際の預金残高は減ります。
2つ目は、その年に行った設備投資です。
例えば、医療機器を購入すれば、利益の金額とは別にキャッシュが出ていきます。この2つを反映して初めて、最終的に増えたキャッシュ、または減ったキャッシュが分かります。
先ほどの例では、売上が5,000万円、利益が500万円でしたが、税金や借入金の元本返済、設備投資を反映すると、実際に増えたキャッシュは50万円でした。

注意点. 黒字でもキャッシュが減るケースがある
井上 ここで注意が必要なのが、損益計算書上は黒字でも、必ずしもキャッシュが増えるとは限らないということです。
例えば、利益が出ていても、借入金の元本返済や設備投資、税金の支払いなどによって、実際の預金残高が減ることがあります。そのため、利益が出ていることだけを根拠に、採用や医療機器の導入などを決める際には注意が必要です。
投資を検討する際は、現在の利益だけでなく、今後予定されている支払いや借入金の元本返済額も反映し、投資後にどれだけのキャッシュが残るのかを確認しなければなりません。
損益計算書だけでは把握できないお金の動きまで確認し、現在のキャッシュの状態を正しく把握することが、資金繰りを安定させる第一歩です。
1年後のキャッシュ目標から必要な売上を逆算する

━━ 現在のキャッシュの状態を把握した後は、どのように目標を立てるのでしょうか。
井上 現状把握では、売上から最終的なキャッシュまで、左から右へ数字を分解しましたが、将来の目標を立てる場合は反対の流れで考えます。
「1年後にキャッシュをいくら残したいか」を決め、その目標を達成するために必要な税引後利益、税引前利益、粗利、売上を順に逆算していくのです。
キャッシュを「増やす」4つの方法
━━ キャッシュを増やすために、クリニックが見直せる項目はどのくらいあるのでしょうか。
井上 大きく分けると、次の4つです。
- 売上を増やす
- 変動費を減らす
- 人件費を適正化する
- その他の固定費を減らす
最初は、全部取り組みたいと考える先生も多いですが、一度に多くの施策を進めると、どの取り組みが数字に影響したのか分からなくなります。そのため、まずは一つを選び、毎月確認しながら改善していくことをおすすめします。
キャッシュを「減らさない」売上目標の立て方
━━ キャッシュを減らさないための売上目標を考えてみましょう。
井上 前年の売上が5,000万円で、利益は500万円、設備投資や返済によってキャッシュが200万円減っているクリニックがあったとします。そこで、翌年は新たな設備投資を行わないことにしました。
━━ それでも、借入金の元本返済などによってキャッシュが50万円減る状態だったのですね。
井上 その50万円を減らさないために、必要な売上を逆算します。返済額や税金などを反映すると、必要な利益は550万円、必要な粗利は4,050万円となりました。
粗利率が80%の場合、必要な売上は約5,063万円です。つまり、前年の売上5,000万円から、約63万円増やせば、少なくともキャッシュが減らない計算になります。(※各種税金の計算を一定量簡略化しています)
具体的な数値目標が分かることで「売上を増やす」という抽象的な話ではなく、患者数を増やすのか、自費診療の売上を伸ばすのか、診療報酬の算定漏れを防ぐのかといった、具体的な施策へ落とし込むことができます。
月次管理でクリニックの将来キャッシュを予測する
━━ 月次試算表は、過去の結果を確認するためだけのものではないのですね。
井上 先月の売上や利益を報告するだけでは、正しい経営判断にはつながりません。過去の数字だけを見ながら経営するのは、バックミラーだけを見て車を運転するようなものです。
━━ 過去の数字を、将来の計画に活用する必要があるということでしょうか。
井上 決算書を左から右へ分解して現在の状態を把握し、その結果をもとに、右から左へ必要な売上や利益を逆算します。
この方法を使えば、1年後の現預金残高を予測したり、分院開設時の損益分岐点や必要な患者数を試算したりできます。
━━ こうしたキャッシュの確認は、年に一度の決算時だけでは不十分なのでしょうか。
井上 クリニック経営は、飛び続けている飛行機のようなものです。決算時だけ数字を確認しても、途中で十分な軌道修正はできません。
粗利率や労働分配率などのキャッシュメーターを毎月確認し、数字の変化に応じて施策を見直す必要があります。
━━ 月次の数字を確認することが、1年後のキャッシュ設計につながるのですね。
井上 月次の数字を早く作成し、資金繰り表や将来予測へ反映することで、設備投資や採用などの判断もしやすくなります。
さらに、自院の現状と今後の計画を数字で説明できれば、金融機関からの信用にもつながります。
━━ 決算書を提出するだけでなく、院長自身が数字を説明できることも重要なのでしょうか。
井上 金融機関は、過去の実績だけでなく、今後どのように売上や利益を確保し、借入金を返済していくのかも確認します。
院長先生が毎月の数字を把握し、将来の計画を自分の言葉で説明できる状態をつくることが、金融機関から信頼される財務体制の土台になります。
成長中のクリニックほど資金繰り管理が重要

━━ ここからは田原さんに、金融機関から信頼される財務体制と資金調達について伺います。業績が伸びているクリニックでも、資金繰りが悪化することはあるのでしょうか。
田原 広一氏(以下、田原) あります。資金繰りが悪化するのは、売上が落ちているときだけではありません。
設備投資や広告、人材採用など、成長を加速させるためにアクセルを踏んだときにも、資金が不足することがあります。
━━ 成長のための支出が、売上の入金より先に発生するからでしょうか。
田原 例えば、広告費を先に支払い、その広告を見た患者様が来院して、売上が入金されるまでに時間がかかるケースです。
成長のスピードが速くなるほど、先に支払う広告費や人件費も増えます。その結果、売上は伸びていても、手元のキャッシュが減ることがあります。
━━ 「売上が伸びているから資金繰りも安定している」とは限らないのですね。
田原 成長しているクリニックほど、入金と支払いのタイミングを確認する必要があります。
広告費や設備投資を感覚的に増やすのではなく、キャッシュフローを確認しながら、無理なく成長できる範囲を判断することが重要です。
━━ 資金調達は、手元資金が不足してから金融機関へ相談すればよいのでしょうか。
田原 資金がなくなってから相談するよりも、業績が安定し、融資を受けやすい状態のうちに検討する方がよいと考えています。
経営では、感染症の流行や災害、急な患者数の減少など、予測できないことも起こります。
━━ 業績が悪化してからでは、融資審査も厳しくなる可能性があるのでしょうか。
田原 業績が悪化した後に相談すると、金融機関から「今後も業績が下がるのではないか」と見られる可能性があります。
一方、業績が安定している時期に融資を受け、継続して返済した実績があれば、次回以降の資金調達についても相談しやすくなります。
━━ 使う予定が決まっていない資金まで借りる必要はないと考える院長先生もいると思います。
田原 融資を受ければ、当然、利息を支払う必要があります。ただし、手元に500万円ある状態と5,000万円ある状態では、経営者の心理的な余裕が異なります。
手元資金が少ないと、「すぐに売上を増やさなければならない」と焦り、広告や投資の判断を誤ることがあります。
━━ 手元資金の余裕が、経営判断の安定にもつながるのですね。
田原 一定の利息を支払ってでも手元資金を厚くし、予期せぬ事態や将来の投資に備えるという考え方もあります。
ただし、借りた資金を目的なく使うのではなく、資金繰り表を使って、いつ、何に使うのかを管理することが前提です。
そのため、資金が不足してから慌てて調達するのではなく、現在と将来のキャッシュを把握し、余裕を持って資金調達を検討することが重要です。
クリニックが活用できる融資制度と資金調達の考え方

━━ クリニックが資金調達を検討する場合、どのような金融機関が候補になりますか。
田原 一般的には、日本政策金融公庫などの政府系金融機関や、銀行、信用金庫、信用組合などの民間金融機関があります。
民間金融機関からの融資には、信用保証協会の保証を付ける融資と、金融機関が直接リスクを負うプロパー融資があります。
━━ 創業時には、どのような融資から始めるケースが多いのでしょうか。
田原 創業時は、日本政策金融公庫や信用保証協会付き融資などを活用するケースがあります。その後、利益を出し、返済実績を積み上げることで、金融機関からプロパー融資を受けられる可能性が高まります。
融資制度ごとに対象者、限度額、金利、担保や保証の条件は異なるため、自院の状況に合わせて確認する必要があります。
━━ 金融機関から借りられる金額を増やすには、何が必要でしょうか。
田原 利益を出し、期限どおりに返済し、その実績を積み上げることです。
節税を優先しすぎて利益を極端に小さくすると、金融機関から返済能力が低いと判断される可能性があります。
━━ 税金を払うことと、財務体質を強くすることのバランスが必要なのですね。
田原 適切に利益を出し、納税し、返済する。そのうえで再び融資を受けて成長するという循環をつくります。
金融機関との取引実績が積み上がれば、保証協会付き融資だけでなく、プロパー融資についても相談しやすくなります。
━━ クリニックでは、一般的な事業融資以外の選択肢もありますか。
田原 医療機関の開設や設備整備を対象とする融資制度や、医師・医療機関を主な対象とする信用組合などがあります。
代表的な選択肢の一つが、独立行政法人福祉医療機構、いわゆるWAMの医療貸付です。
━━ WAMは、どのような資金に利用されるのでしょうか。
田原 診療所の建築資金や、新設に伴う医療機器の購入資金などを検討する際の選択肢になります。
利用できる資金や条件は、診療所の種別や計画内容によって異なるため、運転資金も含めてWAMや日本政策金融公庫、銀行、信用金庫などに確認する必要があります。
━━ 設備投資と日々の運転資金は、同じ金融機関から借りる必要がありますか。
田原 必ずしも一つの金融機関にまとめる必要はありません。例えば、WAMの対象となる設備資金には同制度を活用し、それ以外の運転資金は日本政策金融公庫や銀行、信用金庫から調達するなど、資金使途や利用条件に応じて組み合わせる方法があります。
━━ 医療機器は、リースで導入する選択肢もあるのでしょうか。
田原 リースは初期費用を抑えやすい一方で、総支払額や中途解約の条件などを確認する必要があります。金融機関から低い金利で借りられるのであれば、まず融資を検討し、不足する部分をリースで補うという考え方もあります。
重要なのは、月々の支払額だけでなく、総支払額と将来のキャッシュフローを比較して判断することです。
銀行から信頼されるクリニックの財務体制とは
━━ 最終的に、金融機関から信頼されるクリニックには、どのような特徴がありますか。
田原 毎月の数字を早く把握し、資金繰りを管理していることです。
売上や利益だけでなく、借入金の元本返済や設備投資を反映したキャッシュの状況まで説明できることが重要です。
━━ 分院展開など、将来の計画も数字で説明する必要がありますね。
田原 「2院目を出したい」という希望だけではなく、必要な設備資金や運転資金、患者数、損益分岐点、返済計画まで示せることが望ましいです。
金融機関が見ているのは、医療技術だけではありません。院長先生が数字を理解し、計画的に経営できるかどうかも確認しています。
━━ 月次管理と1年後のキャッシュ設計が、融資を受ける際の説得力にもつながるということですね。
田原 過去の実績と将来の計画を数字で説明できれば、金融機関も融資判断をしやすくなります。
税理士や会計事務所を選ぶ際にも、決算や申告だけでなく、資金繰り表の作成や金融機関への説明まで支援できるかを確認するとよいと思います。
まとめ|1年後のキャッシュを設計し、銀行から信頼される財務体制をつくる
クリニック経営では、売上や利益が増えていても、借入金の元本返済や設備投資、税金の支払いなどによって、手元のキャッシュが減っている場合があります。
そのため、損益計算書の利益だけで経営状況を判断するのではなく、売上、変動費、粗利、固定費、人件費、税金、減価償却費に加え、借入金の元本返済や設備投資まで整理し、実際に増減したキャッシュを確認することが重要です。
現在の状態を把握した後は、1年後に残したいキャッシュの目標を決め、そこから必要な利益、粗利、売上を逆算します。これにより、患者数を増やす、自費診療の売上を伸ばす、コストを見直すといった具体的な施策へ落とし込めるようになります。
また、月次の数字を早く作成し、資金繰りと将来の計画を継続的に確認する体制は、金融機関からの信用にもつながります。
融資は、資金が不足してから検討するものとは限りません。業績が安定している段階から金融機関との取引実績を積み上げ、予期せぬ事態や将来の投資に備えて、必要な手元資金を確保する考え方もあります。
診療に集中できるクリニック経営を実現するためには、バックオフィス業務を仕組み化するだけでなく、将来のキャッシュを数字で予測し、院長が迷わず経営判断を行える財務体制を整えることが必要です。
本セミナーの前編は以下よりご確認いただけます。ぜひあわせてご一読ください。
※融資制度の対象、限度額、金利、返済期間、担保・保証などの条件は、制度や申込時期、申込者の状況によって異なります。実際の資金調達にあたっては、各金融機関・公的機関の最新情報をご確認ください。





