
救急医療とは?救急医と救急救命士の違い、仕事内容、課題、将来性を徹底解説
救急医とは、院内外で発生する外傷や急性疾患に対し、診療科の垣根を超えて救命治療を行う医師のことです。救急医の仕事は、ドラマや映画でも描かれ、憧れる医学生も少なくないと思います。しかし、将来の進路を決める上で、救急医のリアルな働き方や直面する様々な課題を知ることは非常に重要です。
この記事では、救急医療の概要から、救急医と救急救命士の違い、救急医に求められるスキル、多様なキャリアパスと明るい将来性、そして労働環境における課題まで、詳しく解説します。
この記事を読むことで、救急医の現実を深く理解し、あなたの進路選択に役立つ具体的な情報を得ることができるでしょう。ぜひ最後までご一読ください。

救急医療とは?

救急医療とは、外傷や急性疾患に対し、まず意識・気道・呼吸・循環などの初期安定化(救命処置)を行い、その後トリアージや診療科連携により適切な治療部門へ収容して確定診断・治療を行う医療活動です。
実際に受け皿となる医療機関として救急指定病院があります。救急指定病院は、各都道府県知事が告示し、指定されます。救急指定病院は下記3つに機能分類されています。
- 初期(一次)救急
- 二次救急
- 三次救急
それぞれの医療機関で求められる役割や機能は異なり、より高次な医療機関ほど高度な診療機能を有する医療機関です。各地域において高齢者が増加する中、より配慮の必要な救急患者を確実に医療機関に収容できるように分類されています。
初期(一次)救急
初期(一次)救急とは、主に独歩で来院するような軽度の救急患者に対し、夜間及び休日に対応する救急医療のことです。
基本的には入院の必要性の低い患者で、かつ日中の診療時間までは先送りにできないケースが対象となります。
対応する主な医療機関は、休日夜間急患センターや地域の在宅当番医などが挙げられます。
二次救急
二次救急とは、地域で発生する入院や手術が必要な救急患者に対し、24時間対応する救急医療のことです。
脳卒中や心筋梗塞など、治療に専門的な医療を必要とする疾患に対しても可能な範囲で対応し、対応困難な場合はより高度な医療機関への紹介も行います。
また、救急救命士等への教育機能も一部担っています。
対応する主な医療機関は、二次輪番病院や共同利用型病院、地域医療支援病院などです。
二次救急医療においては、近年下記のような諸問題を抱えており、課題解決のために議論がなされています。
- 高齢患者が増加する一方で、二次救急病院数がここ何年も横ばい
- 患者受け入れに積極的な医療機関と消極的な医療機関で格差が開いている
三次救急
三次救急とは、脳卒中、急性心筋梗塞、重症外傷など、一次救急や二次救急では対応困難な緊急性・専門性の高い救急患者に対し、24時間対応する救急医療のことです。
地域の患者にとっての最後の砦であり、 また、救急救命士等へのメディカルコントロールや、救急医療従事者への教育を行う拠点となります。
対応する主な医療機関は、救命救急センターもしくは高度救命救急センターであり、高度救命救急センターは救命救急センターの中でも、特に高度な診療機能を有し、通常の救命救急センターでは対応困難な重症外傷等の診療を担います。
二次救急と異なり三次救急医療機関数は年々増加傾向ですが、その一方で勤務する救急医の配備体制には施設間格差が大きく、施設によっては受け入れ体制が不十分であったり、勤務する医師の負担が大きい点が課題です。
救急医と救急救命士の違い

救急医と救急救命士の違いは、下表の通りです。
救急医 | 救急救命士 | |
|---|---|---|
資格 | 救急科専門医の資格を有する医師 | 救急救命士の国家資格を有する医療専門職 |
役割 | ・救急患者に対する検査、診断、治療、救命措置など実施 ・患者の重症度を見極め、適切な医療機関への振り分け | ・救急現場において医師からの指示に基づいた救急救命処置の実施 ・救急現場における患者の救援・救助・搬送など |
業務場所 | 主に医療機関 | 主に救急現場 |
上表からも分かる通り、救急救命士はあくまでも医師不在の救急現場で活動する医療専門職であり、傷病者が救急現場から病院に至るまでの間、症状の悪化や生命の危機を回避するための初期対応を行います。
救急救命士は医師でないことから、以前までは救急搬送中の医療行為は認められていませんでした。
しかし、欧米では救急救命士が一部の医療行為を行える制度が導入され、患者の救命率が向上したことから、日本でも平成3年に救急救命士法が制定され、これによって一部の医療行為の実施が認められるようになりました。
以降も法改正が繰り返され、救急救命士の仕事内容は年々拡大傾向です。
救命救急医の仕事内容
救命救急医の仕事内容は大きく下記の3つに分類されます。
- 救命救急治療
- 病院前医療(ドクターカー・ドクターヘリによる治療)
- 災害医療
救命救急治療
救命救急医の仕事として、救命救急治療が挙げられます。
救命救急治療とは、命の危機に晒される患者に対して正確に診断を行い、必要な治療やその後の入院期間全体にわたる全身管理を行うことです。
1つの臓器のみに特化した診療ではなく、短時間で致命的な見落としが生じないよう重点的にスクリーニングを行い、各科と連携して包括的な管理を実施します。
各科の医師がそれぞれの専門性を高める傾向にある中、患者の高齢化が進む現代では一人の患者が多くの合併症を持つことも少なくないため、全身を包括して診ることのできる救命救急医は貴重な存在です。
病院前医療(ドクターカー・ドクターヘリによる治療)
救命救急医の仕事として、病院前医療(ドクターカー・ドクターヘリによる治療)が挙げられます。
病院前医療とは、ドクターカーやドクターヘリなどの専用車両に救命救急医が搭乗し、傷病者に対して傷病の発生現場から医療現場に到着するまでの間に行う医療のことです。
従来の救命救急治療では救急医が医療機関で患者を待ち構える形ですが、ドクターカーやドクターヘリを用いることで、より早期から救急医が患者対応することができます。
2022年にドクターヘリが香川県に導入されたことで、実質的な全国配備が完了し、年間搬送件数も年々増加傾向であるため、今後の更なる拡充も期待されます。
災害医療
救命救急医の仕事の1つが災害医療であり、地震や津波・多重事故やテロなどの災害現場における人命救助やトリアージを行う医療です。
災害医療の特徴として、現場で供給できる医療に対して、圧倒的に需要が大きい点が挙げられ、この状況下でも一人でも多くの人命を救助するため、通常はDMATを編成してチームで医療を提供します。
DMATとは、Disaster Medical Assistance Teamの略で、救命救急医をはじめとする医師、看護師、業務調整員(医師・看護師以外の医療職及び事務職員)で構成されたチームです。
DMATは災害急性期(災害発生から48時間以内)に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チームと定義されており、限られた医療資源の中で人命救助を行っています。
救急医に求められるスキルと知識
救急医に求められるスキル・知識は、主に下記の通りです。
- 急変時にも焦らずに落ち着いて対応できる
- 災害現場や病院外など、慣れた環境以外でも臨床能力を発揮できる
- 複数患者の初期診療を同時に行い、重症度の高い順に診療できる
- 心肺蘇生や気道確保、止血などの救命措置を確実に実施できる
- 救命するための迅速な決断力・判断力を持つ
- 消防・救急隊と連携して地域の救急医療を守ることができる
- 臓器に捉われず、1つの有機体として全身を総合的に診れる
- 外傷・熱傷・中毒・心筋梗塞・脳卒中など、高度な医療が必要な疾患に適切に対応できる
救急医になるためには、初期研修終了後に3年間の研修プログラムや筆記試験を通過し、救急科専門医を取得する必要があります。
その上で、上記のような能力を持つ熟練した救急医になるためには、救急医として数々の医療現場に立ち、多くの症例を経験する必要があります。
また、激務だからこそ、オンオフをしっかり切り替えることも、救急医にとって必要な能力です。
救急医のキャリアパスと将来性

救急医のキャリアパスと将来性は、下記のような要因から明るいと考えられます。
- 働き方改革によって労働環境が改善される
- 高齢化社会によって救急医療のニーズがさらに高まる
- 多種多様なキャリアパスを選択できる
厚生労働省の報告する「医師の勤務実態について」では、救急医の週あたり労働時間は60時間57分と、一般外科・脳神経外科に次いで長く、実際に「救急医=激務」という印象をもたれがちです。
しかし、2024年から施行された働き方改革によって、医師の時間外労働には上限規制が適用されたため、どの医療機関でもそれに合わせて人員確保・業務効率化・ICTの活用が進み、過酷な労働環境は是正され始めています。
また、日本は高齢化社会の深刻化が予測され、さまざまな既往や合併症をもち、より高度な医療を必要とする患者も増加が見込まれるため、救急医のニーズも増加が見込まれるでしょう。
さらに、救急医最大の魅力はキャリアパスの多様性です。例えば、一般の内科医であれば、そのまま勤務医として働くか、開業するか、転科するかが主なキャリアパスとなりますが、救急医の場合、開業や転科はもちろんのこと、救急科医の延長線上にも下記のようやキャリアパスを選べます。
- 集中治療医
- IVR医
- 外傷外科医
- 熱傷専門医
また、新専門医制度では、救急科専門医に加えて他の基本領域(内科や外科・総合診療科など)の専門医を取得できる、いわゆるダブルボードが認められており、他の診療科と比べて選択肢が豊富です。
活躍できる分野も幅広く、救急医療の社会的ニーズも高まっているため、救急医の将来性は十分に明るいと言えるでしょう。
救急医の労働環境と課題

一方で、救急医には労働環境において下記のような課題があります。
- 勤務時間と負担の大きさ
- 医師の働き方改革の影響
- 人材不足と育成
課題1. 勤務時間と負担の大きさ
救急医の抱える課題として、勤務時間と負担の大きさが挙げられます。
先述したように、救急医の週あたり勤務時間は60時間57分であり、全診療科の平均56時間22分と比較すると勤務時間が長いです。
また、その間に実施している医療の内容も、主に重症患者や緊急性の高い患者の救命であるため、身体的にも精神的にも負担は大きいと言えるでしょう。
さらに、令和5年に報告された「医師の勤務実態について」によれば、令和4年の時間外・休日労働時間が年1860時間超の医師の割合は、診療科別に上から順に脳神経外科(9.9%)、外科(7.1%)、形成外科(6.8%)、産婦人科(5.9%)、 救急科(5.1%)でした。
令和1年の調査では時間外・休日労働時間が年1860時間超の医師の割合は、救急科は18.1%とダントツのワースト1位であったことから、ある程度労働環境の是正が進んでいるとも捉えられますが、まだまだ他診療科より負担が大きいのが現状です。
課題2. 医師の働き方改革の影響
救急医の抱える課題として、医師の働き方改革の影響が挙げられます。
2024年から実施された働き方改革では、医師の負担軽減を目的に、時間外・休日労働に上限規制を新たに設けており、原則960時間/年、最大でも1860時間/年としています。
一方で、地域医療や救急医療の現場では人員確保が十分とは言えず、日本救急医学会によれば、救急現場は自己犠牲を厭わない献身的な労働によって維持されているのが現状です。
さらに、今後は高齢化によって患者需要が高まることを考えると、働き方改革の推進は地域における救急医療需給のアンバランスを招き、救急医療の破綻も危惧されます。
上記のような課題解決のためには、国による人材確保支援・救急医療の集約化・地域医療連携の促進・救急医療における人材育成の促進など、多くの施策や取り組みが必要です。
課題3. 人材不足と育成
救急医における課題として、人材不足と育成の問題が挙げられます。
24時間、高度な医療を提供する必要がある救急医療においては、休日・夜間にも救急医を確保する必要があります。
しかし、地域偏在・診療科偏在・業種偏在(勤務医と開業医の偏在)など、多くの問題から特に地方では救急医の人材不足が顕著です。
人材不足が深刻化すれば後進の育成は困難であり、そうなれば救急医療の現場はさらに人材確保が困難となり、負のスパイラルに陥ります。
日本救急医学会は、上記のような課題解決のために、救急医療における診療報酬体系の見直しや、国主導の地域偏在・診療科偏在の適正化の促進を訴えています。
救急医療の課題解決に向けたテクノロジーやAIの活用

救急医療の課題解決のためには、テクノロジーやAIの活用も必要不可欠です。
AIやテクノロジーの活用によって業務効率化や労働負担の軽減、さらには医療の質の向上が期待でき、救急医療が抱える各課題の解決につながります。
例えば、埼玉県の救急医療現場では下記のような問題を抱えていました。
- 人口10万人あたりの医師数が全国で最少
- 救急隊の現場滞在時間が全国都道府県で45位
- 重症患者の断りの案件が全国都道府県で46位
上記のような課題解決のため、埼玉県では日本初のAI救急相談システム「埼玉県Ai救急相談」を導入しています。患者は、チャット上で医師が監修したシナリオに従った質問に回答し、AIが重症度を判定し、どのように行動すべきか患者に提示すると言うシステムです。これにより、患者の不安を解消でき、将来的には医療現場における労働負担の軽減も期待されます。
ほかにも、救急隊が処置や救助しながら記録を自動入力できるAIシステムや、救急現場におけるCT画像のAIによる読影支援など、さまざまな場面においてテクノロジーやAIの活用が進んでおり、今後救急医療の現場に革新をもたらす可能性があります。
まとめ
この記事では、救急医療の概要や救急医の仕事内容、将来性や課題について詳しく解説しました。
地域偏在・診療科偏在などが原因で地域の医療機関は人材確保が困難な状況のなか、働き方改革による労働時間の短縮も相まって、数少ない医師の献身的な働きだけでは地域の救急医療を支えられなくなってきています。
一方で、高齢化に伴い、複雑な既往や合併症を持つ重症患者の増加が見込まれ、救急医のニーズは高まる一方です。
さらに、救急医にはその後多様なキャリアパスを選択することもできるため、医師としてのやりがいとワークライフバランスの両方を得ることができる診療科でもあります。
救急医として働くことを検討している方は、この記事を参考に、自身の理想とするキャリア形成や働き方を整理した上で、進路を考えていきましょう。





