
クリニック経営者必見!パワハラ対策を予防策を踏まえて社労士が徹底解説【セミナーレポート】
近年パワハラに関するニュースが急増しています。企業や組織のパワハラは、生産性の低下や人材の流出、さらには社会的信用の失墜や法的責任を問われるなど、さまざまなリスクにつながり、クリニック経営にとって避けて通れない課題です。
今回は、社会保険労務士法人ベスト・パートナーズ 代表社員で社会保険労務士の米田憲司氏に、パワハラ加害者にならないためのポイントについてお話を聞きました。
パワハラが成立する3つの要件や、現場で起こりがちなNG言動、パワハラ防止法の基本、そして最新のSOGIハラやハラハラへの対応まで、クリニック経営者が今すぐ知っておきたいパワハラ対策とコミュニケーションマネジメントの極意をお伝えします。
なお、カスタマーハラスメントについて解説いただいたこちらの記事もぜひあわせてご一読ください。
本セミナーを動画でご視聴されたい方は、
以下のアーカイブ配信フォームよりお申込みください
▼

パワハラ問題に適切に対応!雇用管理上必要な三つの措置
――ここ数年でパワハラに関するニュースをよく耳にするようになりました。なぜここまでパワハラが議論されるようになったのでしょうか。
米田憲司氏(以下、敬称略) 2020年に「労働施策総合推進法(パワハラ防止法)」が制定されました。パワハラ防止法は罰則のない法律ですが、使用者には「雇用管理上必要な措置を講じること」が義務付けられており、違反した場合、かつ悪質な場合は「勧告」「指導」「企業名公表」の対象となるため、話題に上がりやすくなっています。
――「雇用管理上必要な措置」とは、具体的にどのようなことをすればよいのでしょうか。
米田 三つの措置があります。一つ目が「研修の実施」です。これが一番重要ですので、企業内・病院内でパワハラに関する研修を開いていただければと思います。
二つ目は「通報窓口の設置」、三つ目は「ハラスメント規定の作成」となっており、まずはこの三つをしっかりと運用していれば、最低限の措置ができているということになります。
――この他に組織が押さえておいたほうがよいポイントはありますか。
米田 基本的にはパワハラの事案が上がってきたときに個別対策を取ることです。ただし、パワハラはセクハラとは異なり加害者の特定は不可能なので、対策として行うべきはヒアリング調査になります。ヒアリングをして議事録を残し、パワハラをしたと思われる人間に対して指導をする、これで十分です。
――パワハラをした側の人間に対して処分はできないのでしょうか。
米田 パワハラは基本的に人間関係のこじれが原因となることがほとんどなので「どちらが悪い」と決めることが困難です。「火のないところに煙は立たない」理論で、職場環境を害したという理由で指導対象にするだけで十分でしょう。
ハラスメントは「好き嫌い」で決まる? 知っておくべき本質と誤解

――改めて「ハラスメント」の定義を教えてください。
米田 ハラスメントは「親告罪」です。ただし日本の刑法に「ハラスメント罪」は存在しないので、あくまでも理論上ということになります。
「親告罪」とは簡単に説明すると「被害者が訴えたら罪になる」ものです。
逆に言えば被害者が訴えなければ罪になりません。したがって「この人はよいけど、この人は駄目」という差別的な扱いが成立してしまいます。
――つまり「人の好き嫌い」で罪になるかどうかが決まるということでしょうか。
米田 その通りです。「この上司は好きだから、何を言われても気にならない」「嫌いな上司から言われたことはすべてアウト」というのが通用してしまうのがハラスメントです。
――上司は部下に嫌われないよう気をつけなければならないのでしょうか。
米田 そうはならないので安心してください。「この上司は嫌いだからパワハラだと言ってやろう」が認められたら、日本中がパワハラだらけになってしまいます。
ただしスタートラインは受け手の主観になることに注意してください。
そして「パワハラ」の四文字が使われてしまったら、組織として措置義務が発生するので、厄介な問題であることに変わりがないことは覚えておきましょう。
パワハラの線引きは成立の三要件!恐れずに指導を
――先ほど「すべてがパワハラになるわけではない」とおっしゃっていましたが、パワハラになるための条件があるのでしょうか。
米田 パワハラとして成立するには三つの構成要件がすべて満たされている必要があります。
「優越的な関係を背景とした言動又は行動である」「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」「労働者の就業環境が害されるもの」の三つです。
――それぞれの構成要件について教えてください。
米田 一つ目の「優越的な関係」とは権力のことです。最も一般的なのが役職上位ですね。役職者が部下に対して威圧的な言動・行動を取ってしまうと「優越的な関係」が成立してしまいます。
一点注意が必要なのが、必ずしも「上司から部下」とは限らない点です。
奈良市で部下から上司へのパワハラが認定された事例もあります。「上司よりも年上の部下」というケースは病院でも結構多いかと思いますので、部下から上司へのパワハラがあることも知っておいてください。
――二つ目の「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」とはどのようなものでしょうか。
米田 これが構成要件として最も重要とされています。
例えば悪いこと、間違ったことをした部下を注意・指導することは、業務上必要かつ相当な範囲を超えませんので、パワハラにはなりません。
最近は「何か注意するとパワハラと言われてしまい指導ができない」という声を耳にしますが、これは大きな間違いです。部下への指導・注意は役職者の業務です。これをパワハラだと言われる根拠はどこにもありません。
――日和らずに指導したほうがよいのですね。
米田 ただし最低限、押さえておくべきポイントはあります。ここを間違えるとパワハラになってしまうので注意が必要です。注意点については後述します。
三つ目の「労働者の就業環境が害されるもの」は、特に説明は必要ないでしょう。
これら三つの条件が揃って初めてパワハラになります。
昨今「パワハラだ」と訴える人が増えていますが、二つ目の要件が欠けているケースがほとんどです。自分が悪いにも関わらず、上司に指導されるのが気に食わないから「パワハラだ」と言っているだけで、実際にはパワハラには当たらないので、安心して注意・指導をしていただければと思います。

どこからがパワハラ? 「職場」の定義とNG言動
――職場で「三つの構成要件」に注意していれば、パワハラの心配をする必要もなさそうです。
米田 今「職場」という言葉を使われましたが、職場の定義をしっかりと理解しておく必要があります。人間関係における職場の定義はほぼ無限大です。
例えば飲み会も職場の延長に当たりますので、昭和・平成時代の「無礼講」は令和の時代には存在しないと認識してください。また出張先や移動の車中、飲み会帰りのタクシーも職場の延長です。
――勤務場所以外も職場に該当するのですね。他に注意しておくことはありますか。
米田 構成要件二つ目の「必要かつ相当な範囲を超えた」言動・行動について補足しておきます。ここに対する司法の解釈はかなり厳格で、ほとんどのケースにおいて「業務上の範囲を逸脱した」とはみなされません。
ただし不必要・不適切な言動・行動はパワハラと評価されるケースがあります。
――不必要・不適切な言動・行動と言いますと?
米田 言葉は悪いですが、関西ですと「アホ・ボケ・カス・死ね」、関東ですと「バカヤロー」といった不必要な罵声が該当します。どれだけ正論で注意・指導をしていても、最後にこれをつけた瞬間パワハラになってしまうので注意してください。
ここで「不必要な」罵声としているのは、例えば命に関わる処置を患者さんにしているのを目にしたら、ある程度の罵声は仕方ないかもしれませんが、意味のない罵声はNGです。
他にも「机を叩く」「ものを投げつける」などは駄目ですし、「死んでしまえ」と言ってしまうと民事で損害賠償請求されるケースもあります。飲めないお酒の強要もパワハラになりますので注意が必要です。
――指導・注意の際にはカッとならず、冷静に対処することが必要そうですね。
米田 注意点はこれだけではありません。今一番多いパワハラは「隔離」「集団で無視」「仲間はずれ」「仕事を与えない」です。今のパワハラは物理的な攻撃よりも精神的な攻撃が主流となっています。
例えば、「朝礼で無能扱いする」「挨拶されても無視する」のは精神的な攻撃の代表格です。具体的に何がNGにあたるかは、厚生労働省のホームページでパワハラと検索してみてください。

あわせて抑えておきたいハラスメント「SOGIハラ」と「ハラハラ」
――他に注意すべきハラスメントはありますか。
米田 SOGIハラがあります。「Sexual Orientation Gender Identity」の略で「性的指向・性自認」を意味します。これに関する侮辱的な言動や発言はSOGIハラとなるので注意してください。
例えば、労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の繊細な個人情報を、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すると、SOGIハラに当たります。それを避けるためには、必ず本人の了解を得たうえで、専門家を交えて対応することが必要です。
――SOGIハラもパワハラとなり得るのでしょうか。
米田 実際に2023年には上司による性的指向の暴露(アウティング)がパワハラに該当すると認められ、労災認定がされた判例もあります。
LGBT法の成立やトイレ利用の最高裁判決等もありますので、性的指向や性自認については、今まで以上に慎重な対応が必要です。
――最近はいろいろなハラスメントが出てきているので気をつけることが多そうです。
米田 そういう観点で言うと「ハラハラ」がありますね。「ハラスメントハラスメント」の略です。これは何でもかんでも「パワハラだ」と言う人、これ自体がハラスメントであるというものなので、役職者の方にはぜひ知っておいていただきたいと思います。
例えば、自分が悪いことをして注意されたことに納得できず「パワハラだ」と主張する、スキルアップのための異動を「パワハラ人事だ」と言う、職場に不相応な服装や髪型を注意されたことに対して「セクハラだ」と主張する。これらはすべてパワハラには該当せず「ハラハラ」となります。
――確かに何でも「パワハラだ」と言う人は多そうです。
米田 私のところに報告事例として上がってくるパワハラの9割は「ハラハラ」です。「ハラハラ」を避けるためには、そもそも何がパワハラに該当するのかを従業員全員がしっかりと理解する必要があります。
前述の通り、業務命令や注意・指導は役職者の業務であり、正しく行う分にはパワハラになりません。何でも「パワハラだ」と言う部下に対しては「あなたがハラハラだ」と毅然とした態度で反論できるような行動を意識してください。
パワハラ予防の鍵はコミュニケーションマネジメント力!聴く・褒める・叱るのポイント

――ハラスメントを予防するためのポイントがあれば教えてください。
米田 一言で言ってしまうとコミュニケーションマネージメント力です。
正直なところ、パワハラは人の好き嫌いなので、好かれる上司は何をしてもOK、嫌われている上司は何をしてもアウトになります。
ではなぜ嫌われるのか。その理由の一つが、コミュニケーションマネージメント力の不足です。これできていない人が圧倒的に多すぎます。
――コミュニケーションマネージメント力を高めるにはどのようにすればよいのでしょうか。
米田 「聴く」「褒める」「叱る」の三つがポイントです。日本人はこの三つが下手な人が多いので、戦略的に取り組む必要があります。
まず「聴く」です。「聞く」ではありません。傾聴する、心で聴く方です。基本的に人間は相手の話を聴いているようで聴いていません。何をしているかと言うと「次に何を話そうか」「何を言い返そうか」といったことを考えています。
――聴いているフリに近いわけですね。
米田 ここを一旦フラットにして、少しの時間だけでも聴くことに集中する。難しいですが非常に重要なことです。
部下から「ちょっとお話があります」と言われたときに、「今忙しいんだよね」と返していませんか?これを言ってしまった瞬間に部下は心のシャッターを下ろしてしまい、二度と開くことはありません。話を聞かなかっただけで「大切にされていない」と反発心を芽生えさせ、以後の協力は望めなくなる「負のサイクル」に陥ってしまいます。
残念ながら労働トラブルが起こりやすい職場は、この負のサイクルに陥っているケースがほとんどです。負のサイクルに陥ると、ハラスメントをはじめ、ありとあらゆる労働トラブルに直結するので注意してください。
――自分が忙しくてもきちんと話を聴くことが重要なのですね。
米田 じっくりと話を聴く必要はありません。忙しいのであれば、5分後、10分後に3分間だけ話を聴くでも結構です。もちろん、話しかけられたときに鬱陶しそうな顔をしては駄目ですよ。普通の顔で「今は手が離せないので、後で聴くよ」と言うだけで、相手は心のシャッターを閉ざさなくなります。
きちんと話を聴いてくれる上司には、部下も協力をしてくれます。好かれる上司になるためには「聴く」は必須アイテムです。聴くだけならノーリスクなので、ぜひ取り入れていただきたいと思います。
――二つ目は「褒める」ですが、どのようなポイントがありますか。
米田 「ピグマリオン効果」というのをご存知でしょうか。米国で行われた「褒めたら伸びる」実証実験です。「この子達は成績が伸びる」と嘘の情報を伝えられた教師が、期待をかけて指導をしたところ本当に子どもたちの成績が伸びました。
このように他者からの期待に応えようと努力し、実際に成果が出る心理効果をピグマリオン効果といいます。
人間は承認欲求の塊ですから、褒めたら伸びますが、褒めないとまったく伸びません。期待をかけられると人はよい自己認識を持つので、ちょっと褒めるだけで知らず知らずのうちに能力向上が見込めるはずです。
――三つ目は「叱る」ですね。
米田 「怒る」ではなく「叱る」という点に注意してください。怒るとは一方的に感情でまくし立ててしまうことですから、相手に不信感を抱かせてしまいます。
相手の意見も取り入れ、理由を明確にしながら叱ることを心がけてみてください。

――「聴く」「褒める」「叱る」の三点を意識してコミュニケーションを取るのが重要なのですね。
米田 人間関係は投げたものが返ってくるのが原則です。関心を投げれば関心が返ってきますし、感謝を投げれば感謝が返ってきます。しかし悪意を投げれば悪意が返ってきてしまうものです。
お伝えした三点のポイントを少し意識するだけでコミュニケーションマネージメント力は上がりますので、ぜひ今回のポイントを頭の片隅に置いてみてください。
――相手の立場に立って考えてみると良さそうですね。本日はありがとうございました。
本セミナーを動画でご視聴されたい方は、
以下のアーカイブ配信フォームよりお申込みください
▼
また、カスタマーハラスメントや、ハラスメント問題の全体像についても米田氏に解説にいただいた、以下のセミナーレポートもぜひ参考にしてください。